【セルビアの首都を訪ねて】活気の中に傷が見え隠れする街 ベオグラード(10月22日)

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セルビアの首都、ベオグラードを一日観光しました。思っていたよりもエネルギシュな都市で、活気に満ちていました。しかし、所々に戦争の傷が癒えていないなあ、と思わせるスポットも。そんなことも紹介しながらベオグラードについて書きたいと思います。

① あまりない見所がない要塞が何よりの証拠

筆者撮影

筆者撮影

まずは、ベオグラード要塞を見学。ただ、このベオグラード要塞、他の都市のように完璧な形で残っておらず、城壁と一部の施設があるだけとなっています。それもそのはず、この要塞はオスマン帝国などの攻撃により何回も破壊と復興を重ねてきたのです。いかに、この地が戦争が多いかよくわかると思います。本当はじっくり見たかったのですが、マップが不十分だったため、昼食を食べた後、聖サヴァ聖堂に移動しました。

② 思っていたよりも荘厳な聖サヴァ聖堂

OLYMPUS DIGITAL CAMERAセルビアの宗教はギリシャ正教の流れを汲むセルビア正教です。隣国、クロアチアがカトリックのため、正教が国家アイデンティティーの一つとなっています。この聖サヴァ聖堂はセルビア正教を代表する教会、世界的に見ても正教の教会の中で最大級に位置します。ただ、この教会は未だに建設中です。1935年に建設が開始され外観は完成しましたが、中はまだ完成していません。それでも、少しずつ建設されています。

筆者撮影

筆者撮影

そのような教会ですので、中はもっと雑然とした雰囲気を想像していました。教会内部はガラーンとした雰囲気でしたが、イコンや十字架が置いてあり人々が熱心に祈っていました。したがって、「雑然」どころか「荘厳」な雰囲気。カトリックの教会とはまた違った雰囲気です。

私は同じキリスト教でもカトリックなので正教のしきたりは全く分かりません。そうなのです、同じキリスト教でも「正教」と「カトリック」は違うのです。ですから、宗教の宗派対立も何となく感覚で理解できます。

③ 戦争の傷跡、生生しく

OLYMPUS DIGITAL CAMERA教会の後は、1999年のNATOの攻撃で破壊されたビルを見ることにしました。当時、セルビアの大統領はミロシェビッチ。コソボに対する不寛容な政策は世界的にも有名でした。それを一向に改めないミロシェビッチに対して、しびれを切らしたNATO軍がベオグラードを空爆。およそ3ヶ月も続きました。破壊された建物を修復するよりは新しい建物を建てた方がコストが安く済むので放置されているのです。確かに破壊された建物は生生しかったです。説明の碑文もありません。その代わり、セルビア軍のポスターが貼られていました。あまりいい雰囲気ではありません。

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しばらく歩くと、国会議事堂が見えます。この国会議事堂に何やら写真が一斉に貼られた横断幕のようなものがありました。そこには、NATO EUが見捨てた犠牲者、という趣旨の文章が書かれていました。時代が1998 1999 2000年、と書いてあったので、おそらくコソボで殺された方々なのでしょう。横断幕からは静かな「怒り」が伝わってきました。ベオグラードは活気に満ちた都市ですが、戦争の傷はまだ癒えていないように感じました。

ベオグラードの位置


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