プラハ・共産主義ツアーのススメ

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みなさん、こんにちは。たまに「チェコでマニアックなスポットはありませんか」と聞かれます。そのような方におすすめしているのが、プラハの「共産主義ツアー」です。このツアーに参加すると、冷戦期につくられたシェルターを見学できるのです。この記事では簡単ではありますが「共産主義ツアー」の概要を説明します。

① スタートは旧市街広場にあるインフォメーションセンターから 

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私は3年前、2015年に「共産主義ツアー」に参加しました。このツアーは旧市街広場のインフォメーションセンターからスタートします。ツアーは1日2回(10時30分、14時30分)、所要時間は2時間ほど。料金は大人600コルナ、学生500コルナです。

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「共産主義ツアー」はシェルター見学だけでなく、プラハにある共産主義の痕跡も見学できます。こちらは秘密警察が使っていた事務所。プラハ旧市街からそれほど離れていません。この建物にプライベートな様々な情報が入っていたのでしょう。

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「17.11.1989」と書かれたモニュメントがありました。これだけ見ると「?」だけが頭の上に灯るはず。これは1989年11月17日に行われた共産主義体制に対する反体制デモを記念したもの。チェコスロバキアでは血が流れることなく民主化が達成できたので「ビロード革命」と呼ばれています。

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少し見にくいですが、プラハには共産主義時代に建設されたタワーもあります。ところで、東ベルリンもそうですが、なぜ共産主義政権は「タワーフェチ」なのでしょうか。ソビエト連邦の影響でしょうか。

② シェルターの中は超マニアックな博物館 

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いよいよ「共産主義ツアー」の目玉、シェルターに入ります。このシェルターは冷戦期、核戦争に備えてつくられたもの。プラハにはこれ以外にもたくさんのシェルターがありましたが、現存しているのはこのシェルターのみ、とか。もちろん、実際に使われることなく、今は博物館に変わっています。

中は案外ゆとりがあり、シェルターというより地下室。みさなん、目をキョロキョロさせながら入っていきます。ちなみに、この「共産主義ツアー」において「アジア人」は私だけでした。

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思わず「おっ」と声を出してしまいました。これはガスマスクのコレクション。ガイドによると、ガイドの親父さんが収集したもの、とか。これだけガスマスクが揃うと圧巻の一言です。

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ガスマスクに関する日本のポスターを見つけました。牧歌的に描かれていますが、よく見るとかなりシリアスな内容。日本も大久野島で毒ガスを製造しており、どの国も毒ガス戦争を現実視していたのでしょう。

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こちらは、共産主義政権チェコスロバキアに関するブース。奥に見えるのが「チェコスロバキア社会主義共和国」の紋章です。パッと見ると、今の紋章と変わらないように思うかもしれません。ポイントは獅子の上が王冠ではなく五角星であること。共産主義ですから、王政を思わせる装飾はNGなわけです。

左側に見せる男性は1968年「プラハの春」以降に指導者となったグスタフ・フサークです。フサークは「正常化路線」を掲げ、「プラハの春」に関わった者、共産主義政権に反対する者を徹底的に弾圧しました。ちなみに、フサークはチェコ人ではなくスロバキア人です。

お札も当然「チェコスロバキア社会主義共和国」に使われていたもの。見えにくいですが、右の高額紙幣に写っているおじさんはゴットワルトです。ゴットワルトは共産主義チェコスロバキアの最初の指導者。「小スターリン」と言われ、チェコ人、スロバキア人に嫌われていました。

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こちらは「チェコスロバキア社会主義共和国」時代に使われていた民警の制服です。気のせいか、ソビエト連邦の制服に似ているような気がします。この制服を着たおじさんがデモ隊をボコボコにしていたわけですね。

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何とも奇妙なマネキンを発見しました! ガイドによると、これは「除染作業」を再現したもの。「こんな作業で除染できるのかなあ」と思いながらマジマジと見てしまいました。

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ところで、今年、2018年はチェコスロバキア独立100年であると同時に、「プラハの春」から40年の記念年でもあります。シェルター内には「プラハの春」を主導した指導者、ドプチェクのコーナーがありました。ドプチェクもフサークと同様、スロバキア人です。

ドブチェクは共産主義、ソ連ブロックの範囲内で「改革」を試みました。しかし、ドプチェクの改革はソビエト連邦をはじめとする周りの共産主義国家の指導者の逆鱗に触れ踏み潰される結果に。「プラハの春」が成功していたら、共産主義の歴史も違うものになっていたのでしょうね。

③ プラハのシェルターは知的好奇心を満たすスポット 

このように、プラハのシェルターは知的好奇心を満たすスポットです。ただし、万人受けするスポットではありません。「マニアック」な方におすすめしたいですね。参加者は男性が大半でしたが女性の参加者もいました。女性の方もお気軽にご参加くださいませ。

共産主義ツアーの詳細はこちらをクリックしてください。


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