BCLとソ連、そしてロシア 

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今回はBCLをお伝えします。といっても「BCLってなに?」と思われる方が大半でしょう。BCLは「 Broadcasting Listening / Listeners」の略称、つまり短波放送愛好者を指します。長期間に渡って、短波放送は国際放送の一躍を担ってきました。今回はソ連とロシアの短波放送にスポットを当てます。

① 私と短波放送との関係について

本題に入る前に、私と短波放送との関係について説明します。私が短波放送を聞き始めたのは2003年、高校1年生の時でした。北朝鮮からの日本語放送「朝鮮の声」がきっかけです。

高校1年生の時は勉強が終わると、短波ラジオにかじりつく日々。北朝鮮はもちろんのこと、ロシア、中国、モンゴル、イランからの日本語放送を楽しんでいました。部屋からは怪しい朝鮮語が聞こえてくるので、家族からは怪しい目で見られたものです。

② ソ連時代の短波放送「モスクワ放送」


ということで、私はソ連時代の短波放送「モスクワ放送」はダイレクトに聴いたことがありません。しかし、YouTubeで簡単に「モスクワ放送」の一部を聴くことができます。

1970年代の「モスクワ放送」を貼り付けたので、どうぞお聞きください。今の放送と比較すると、だいぶ硬派ですね。さすが、共産主義国家の盟主です。また、インターバルシグナル後のソ連国歌が素晴らしいですね。

なお、各共和国からも海外向けに英語放送を流していました。例えば、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国は「Radio Kiev」という局を持っていたのです。また、各共和国のインターバルシグナルがとても美しいのです! 例として、リトアニア・ソビエト社会主義共和国の「Radio Vilnus」を紹介しましょう。

「あれっ、このインターバルシグナルどこか聞いたことがあるな…」と思った方はすばらしい! 実は「Radio Vilnus」のインターバルシグナルはリトアニア・ソビエト社会主義共和国の国歌を利用していました。

③ ロシアの短波放送「ロシアの声」


1991年にソ連が解体し、短波放送も再編されました。日本向けの放送は「モスクワ放送」から「ロシアの声」に衣替え。「モスクワ放送」と比較すると、ソフトな放送に生まれ変わりました。

私がダイレクトに聞いたのは「ロシアの声」です。2003年当時は、ハバロフスクとモスクワの2部制でしたが、いつの間にかにモスクワのみとなりました。ラジオから時々聞こえる「こちらはゴーラスラシーロシアの声、モスクワからの日本語放送です」というアナウンスがたまりませんでした。

特に楽しみだったのが週1の「お便りスパシーバ」です。これはリスナーの手紙を基に、さまざまなプログラムをスタッフが制作。あらゆる角度からロシアに迫る内容となっており、とても興味深かったですね。

残念ながら2014年、日本語放送は完全にインターネット放送に移行しました。やっぱり、パソコンからの音声は味気ないですね。雑音をかき分けながらモスクワからの放送を聞くのが良いのです。

 


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