ソビエト連邦構成共和国の実態はどのようなものだったか? ②

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リトアニア・ソビエト社会主義共和国

みなさん、ご機嫌いかがですか? 前回は、ソビエト連邦の各共和国の概要を説明しました。今回は各共和国の指導者と連邦との各省庁の振り分けを見ていきます。もしかすると、ソビエト連邦の意外な素顔を発見できるかもしれませんよ。

①各共和国のトップは共産党第一書記と第二書記 

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エストニア・ソビエト社会主義共和国の国旗 

ソビエト連邦の事実上のトップはソビエト連邦共産党書記長です。一方、各共和国のトップは共産党第一書記と呼ばれていました。例えば、ウクライナですとウクライナ共産党第一書記という具合ですね。そして、副大統領にあたるのが第二書記です。なお、第一書記、第二書記とも各共和国の共産党の親分にあたるソ連共産党が任命しました。

第一書記の役割はわかりやすく、共和国を統制する立場にありました。問題は第二書記の役割です。第二書記の役割がかなり曖昧だったのです。ソ連後期になると、第二書記が幹部の人事権を握るようになりました。そのため、自分の都合のいい人を幹部に登用することで、第二書記のほうが力を持つケースも見られました。

「でも、第一書記と第二書記はどちらも現地民族なのでしょ?」と思われた方、甘いですね。連邦は各共和国が民族主義に走らないために、第一書記は現地民族、第二書記はロシア人を任命したのです。もちろん、例外はありましたが、多くの時代、多くの共和国でこの組み合わせが採用されたのです。

しかも、現地民族であっても、しっかりとクレムリンの息のかかった人を任命したのです。つまり、現地民族であっても長年モスクワで暮らし、ロシア語しか話せないような人物を共和国のトップにしたわけです。なかなか、巧妙なやり方ですね。

このような人事システムでしたから、なかなか共和国の独自カラーが出せなかったのです。それでも、例外はあります。例えば、長年、リトアニア共和国のトップであったアンタナス・スニエチュクスはロシア人の流入を最小限に食い止めた指導者として知られています。そのため、バルト3国ではリトアニアだけ、ロシア人比率が低いのです。

②えっ、残った権限はこれだけ?

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白ロシア・ソビエト社会主義共和国の国旗 

いくら「国」といっても、主権の一部を連邦に差し出しているので、主権国家のように自由にはできません。例えでいうなら、小学生の太郎くんは家のメンバーで自由に着る服は決められますが、お金の管理は母が握っているという感じですね。

問題は、各共和国にどれだけのフリーハンドが残っているのか、ということです。これを見ていくには、省庁の配分をチェックするのが手っ取り早いです。省庁のタイプは連邦中央機関と共和国大臣会議に従う「連邦優位省」と共和国固有の「共和国固有省」に分けられます。

例えば、1977年の白ロシア共和国の省庁を見ると以下の通りになります。

連邦優位省:農業、通信、機械制作、文化、文部、財務、食品工業、外務、森林、保険、中等・高等専門教育、工業建設、建設、司法、土地改良・水力資源、軽工業、肉乳工業、供給・保管、農業建設、木材、商業

共和国固有省:道路、消費、住居・市町村業務、地場産業、自動車輸送、泥炭産業、社会保障

これを見ると、一目瞭然でしょう。共和国の権限は本当に限られていたのです。ほとんどの分野でクレムリンの機嫌を見る必要がありました。。

このように、ソビエト連邦の各共和国はクレムリンによって牛耳られていたのです。それでも、ほんの一部ですが、独自外交(エストニアとフィンランドとの関係)を展開した共和国もあります。そのような例外探しはなかなか興味深いですよ。

参考文献

エレーヌ・カレール・ダンコース著 『崩壊した帝国―ソ連における諸民族の反乱―』 1981年、新評論。

Aldis Purs, “Baltic Facades: Estonia, Latvia and Lithuania since 1945“, 2012, Reaktion Books. 

 


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