みなさんこんにちは。11月に入り、ようやくナゴルノ・カラバフ紛争が終わりました。今回は1984年・85年ソ連時刻表を使ってナゴルノ・カラバフの鉄道を見ていきます。
アゼルバイジャン側から運行されていた
ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン領内にありましたが、1990年代の紛争以降はアルメニア人が事実上、統治していました。
さて1984年・85年はソ連時代でしたので、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャンが統治していました。時刻表を見ると、アゼルバイジャンのバクーを出発し、イェヴラフからナゴルノ・カラバフの中心都市、ステパナケルトまで乗り入れていたことがわかります。
イェヴラフはアゼルバイジャンのほぼ中央に位置し、人口は5万人といったところ。アゼルバイジャンとグルジアを結ぶバクー・トビリシ鉄道の通過点でもあります。
バクー~ステパナケルト間の夜行列車
時刻表を見ると以下のダイヤで運行されていました。
バクー→ステパナケルト
バクー:20:35
イェヴラフ:2:50
アグラム:5:35
ステパナケルト:7:05
ステパナケルト→バクー
ステパナケルト:19:30
アグラム:21:05
バクー:6:15
夜に出発して、朝に着くという夜行列車にとっては理想的なダイヤですね。
アルメニア側からの運行は
現在のところ、アルメニア~ステパナケルト間に鉄道があったという情報は確認していません。