時刻表から旧ユーゴスラビアの鉄道を考察してみよう

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みなさん、こんにちは。今回は時刻表を使って旧ユーゴスラビアの鉄道を考察します。旧ユーゴ諸国は激動の歴史を歩んできました。それが鉄道でも反映されています。 ユーゴの歴史に触れながら時刻表での紙上旅行を楽しんでみましょう。

 

なお「旧ユーゴ」と限定してもかなり広いので、ここではセルビア、ボスニア、モンテネグロを中心に見ていきたいと思います。

 

旧ユーゴ諸国における鉄道の現状 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 過去を見る前に、現状を確認しましょう。まずはセルビアから。セルビアではべグラード~ブダペスト(ハンガリー)、ベオグラード~バール(モンテネグロ)に注目します。 ベオグラード~ブダペスト間には直通列車が1日2本の設定されています。

 

ベオグラード~ブダペストの営業距離は186キロにも関わらず、所要時間は約9時間もかかります。 一方、ベオグラード~バール間の直通列車は3本です。そのうち2本は夜行列車になっています。ベオグラード~バール間の所要時間は約12時間40分! 

 

こちらも、なかなかの鈍足です。かつて、ボスニアやルーマニアにも国際列車が運行されていましたが、現在は設定されていません。 次はボスニアです。現在、ボスニアには国際列車の設定はありません。

 

将来的にスペインのタルゴ車を使ってクロアチアに乗り入れるかもしれません。とりあえず、現在は国内線のみとなっています。

 

このように見ていくと、少なくともセルビア、モンテネグロ、ボスニアでは鉄道輸送が盛んではないように思えます。しかし、旧ユーゴ時代は現在とは全く違っていました。

 

鉄道輸送が盛んだった旧ユーゴ時代

それでは1986年の時刻表から旧ユーゴ時代の鉄道事情を紐解いていきましょう。まずはベオグラード~ブダペスト線から。この時代、直通列車は1日3本の設定でした。 所要時間は何と今よりも3時間早い6時間です。

 

なぜ、これだけ遅くなったのか、理由が知りたいです。 ベオグラード~バール線も同様です。直通列車は1日4本の設定でした。そのうち、夜行列車は2本です。ベオグラード~バール間の所要時間は今よりも5時間以上短い約7時間!

 

旧ユーゴ時代から所要時間が伸びた理由を挙げるとするなら、セルビア・モンテネグロ間の国境審査があります。

 

さて、旧ユーゴ時代にはセルビアからボスニア方面への直通列車もありました。ベオグラード~ドボイ~サラエボ間の直通列車が1日4本。なお、ベオグラード~サラエボ間の所要時間は約5時間40分でした。

 

さらに、ベオグラードからルーマニア方面行きの夜行列車の設定もありました。少しだけダイヤを書き出してみましょう。

 

ベオグラード→ブカレスト ベオグラード18:00→ティミショアラ23:35→ブカレスト8:20 ブカレスト→ベオグラード ブカレスト23:05→ティミショアラ6:45→ベオグラード10:35 この列車は両国の国境審査に約1時間を要しています。

 

なお、編成は1等寝台、2等寝台と1等座席車、2等座席車が連結されていました。時刻表から、それなりに立派な国際列車であったことが推測できます。

 

ユーゴスラビアがバラバラになったのは1990年前半ですから、1986年は旧ユーゴの鉄道が最後の輝きを見せていた、と言っても過言ではないでしょう。

 

なお、クロアチアのザグレブからサラエボ、モスタルを経由してクロアチアのプロチェ(当時はカルデリエボ)へ抜ける急行列車がありました。

 

プロチェからドブロヴニクへはバス連絡です。 所要時間はザグレブ~プロチェ間が約11時間も要していましたが、ボスニアを横断する旅行は魅力的ですね。

 

戦争の足音が聞こえる1999年の時刻表 

最後に1999年の時刻表を紹介します。1999年というと、ボスニア紛争やクロアチア紛争は終結しています。一方、セルビア共和国南部にあるコソボ・メトヒヤ自治州での紛争が本格化する、という年ですね。

 

まずユーゴスラビア(新ユーゴ)のページにはこのような一節があります。 “長い間不安定だった状況は改善され、ユーゴスラビア国鉄は旅行者に対して安全であると公言している。

 

それでも、経験の浅い旅行者にとっては、決して楽に旅行できる所ではないため、十分な注意が必要だ” 事実上「ユーゴには行くな」と言っているようなものですね。

 

さて、ベオグラード~ブダペスト線には1日5本もの直通列車が設定されています。ただし、所要時間は1986年よりも2時間遅い8時間でした。

 

ベオグラード~バール線は1日4本の直通列車があり、所要時間は約9時間となっています。当時、モンテネグロはセルビアと連邦を組んでいたことから国境審査はないはず。 おそらく、戦争の影響により、路盤のメンテナンスが行き届いていなかったのでしょう。

 

ところで、驚くのがベオグラードからルーマニア方面です。なんと夜行列車に加え昼行列車が運行されていました。セルビアからルーマニアへ逃れた人が少なからずいたのでしょうか。

 

さて、ボスニアのページには「各国の大使館は、政治的状況からみてボスニア・ヘルツェゴビナへの渡航を控えるように勧告している」と書かれています。 一方、サラエボ~ブダペスト間の運行が再開するなど明るいニュースも見られますね。

 

それでも、紛争の影響でしょう。ボスニアのダイヤには「アンオフィシャルな情報に基づいているので要確認」と書かれており、正常に列車が運行されていなかったことが予測できます。

 

このように時刻表を見ながら、タイムスリップしたような紙上旅行が楽しめます。昔の時刻表はヤフオクで簡単に購入できるので、みなさんもチャレンジしてはいかがでしょうか。

 

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