ブルノ経由ではなかった! プラハ~ウィーン間の鉄道ルートについて

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みなさん、こんにちは。私は国内外の鉄道において時刻表を時代別に考察するのが好きです。今回はチェコ・プラハ~オーストリア・ウィーン間のルートを見ていきます。実は社会主義時代と現在でルートが異なります。

1986年の時刻表から

青線(ブルノ経由)、黄線(ターボル経由)

まずは社会主義時代の1986年の時刻表から確認しましょう。現在、プラハ~ウィーン間のルートはブルノ・ブジェツラフ経由ですが、社会主義時代は別のルートでした。

時刻表の地図を広げるとターボル経由でウィーンへ至るルートが太線となっています。一方、ブルノ方面の列車はウィーン行きではなくハンガリーのブダペストへと向かっています。整理すると、以下のとおり。

プラハ~ウィーン:ターボル経由

プラハ~ブダペスト:ブルノ、ブジェツラフ経由

次はダイヤを確認します。当時、チェコスロバキアは社会主義陣営、オーストリアは中立国(事実上、西側)となっており、両国間を簡単に行き来することはできませんでした。

当時の国際情勢は時刻表にも反映されており、プラハ~ウィーン間の直通列車は東ベルリン~プラハ~ウィーン間の「ヴィンドボナ号」1往復、夜行列車1往復の計2往復のみ。所要時間は「ヴィンドボナ号」で約6時間でした。

途中、チェスケー・ヴェレニツェ(チェコ)とグミュント(オーストリア)で国境審査が行われていました。国境審査に要した時間は約1時間です。



ところで「ヴィンドボナ号」と聞いて、東ドイツ国鉄のディーゼルカー「VT18.16型気動車」を思い浮かべた方はすごいです! この気動車は1960年代に東ドイツで製造され、時速160km/hを誇りました。

記録によると1979年まで「ヴィンドボナ号」に使われたとか。1980年からはオーストリア国鉄の運営になっています。

1999年の時刻表から

次は民主化された1999年の時刻表からです。この時代になるとプラハ~ウィーン間のメインルートはブルノ経由になっています。プラハ~ウィーン間の区間列車もありますが、本数はそれほど多くありません。

プラハ~ウィーン間の所要時間は約5時間となっています。社会主義時代よりも1時間短縮されたわけですね。

一方、ターボル経由にも直通列車は残っていますが、わずか1日1往復。しかもプラハ発が朝7時13分発だったので使い物にならなかったと思います。おそらく、数年後には廃止されたのでしょう。

現在の時刻表から

現在、すべてのプラハ~ウィーン直通列車がブルノ経由で運行されています。オーストリア、チェコの特急列車「Rail Jet」が乗り入れ、同区間の所要時間は4時間を切っています。シェンゲン条約のおかげでパスポートチェックもなし。社会主義時代とはまったく異なりますね。

一方、ターボル経由はオーストリアのリンツ行きになっています。リンツではウィーン方面行きの特急列車と接続しているので、時間があればターボルからリンツ乗り換えでウィーンに行くのも楽しいでしょう。

ところで、ターボル経由からブルノ経由に変化した理由はわかりません。これについてはいろいろ調査したいと思います。

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